今さら聞けないシリーズー実務のリアル
今さら聞けないシリーズー実務のリアル
作成日:2026/09/20
退職金制度を見直したら、会社はいくら負担することになる? 〜均等・均衡待遇と「費用」の問題をどう両立させるか〜



第1回、第2回では、令和8年10月のガイドライン改正を受け、退職金制度の目的を確認し、正社員と有期契約社員との待遇差を具体的に点検する必要があることを取り上げました。

しかし、会社にとって本当に難しいのは、その先かもしれません。

比較・検討した結果、「現在の退職金制度は見直す必要がある」となれば、今度は会社が将来負担する退職金が増える可能性があります。

ここで避けて通れないのが、費用と資金の問題です。

 


対象者を増やせば、将来の退職金負担も変わる

例えば、正社員20人、有期契約社員10人の会社で、これまで正社員だけを退職金制度の対象としていたとします。

検討の結果、長期間勤務している有期契約社員5人についても、新たに退職金制度の対象とすることになったとします。

仮に、将来一人当たり200万円を支給する制度であれば、5人で1,000万円です。

もちろん、これは行政資料が示している金額ではなく、負担を考えるための仮定例です。

重要なのは、制度を変更する場合には、「現在いくら必要か」ではなく、「将来いくら必要になる可能性があるのか」まで試算しなければならないということです。

さらに、現在在籍している社員だけを見ればよいわけではありません。

今後採用する有期契約社員、契約更新によって対象となる社員、勤続年数の伸長による支給額の増加なども考慮する必要があります。

 


退職金は給与とは違う資金問題があります

退職金には、毎月の給与とは異なる難しさがあります。

給与は毎月一定の時期に支払うため、年間の人件費を比較的把握しやすいものです。

一方、退職金は退職時にまとまった金額を支払う制度です。

長期勤続者の退職時期が重なれば、短期間に多額の資金が必要となる可能性があります。

特に中小・零細企業では、数人分の退職金が同じ時期に発生するだけでも、会社の資金繰りに与える影響が大きくなる場合があります。

したがって、対象者を広げるのであれば、将来の支給見込額だけでなく、その資金をどのように準備するのかまで考える必要があります。

中小企業については、中小企業退職金共済制度などを利用して退職金を準備する仕組みもあります。ただし、こうした制度を利用すれば同一労働同一賃金の問題が自動的に解決するわけではありません。誰を対象とし、どのような待遇とするのかについては、別途、均等・均衡待遇の観点から検討する必要があります。


正社員の退職金を下げて調整できるのか

費用負担を考えると、会社としては、

「有期契約社員の退職金を増やすのであれば、その分、正社員の退職金を減らして全体の人件費を調整できないか」

と考えることもあるでしょう。

しかし、ここには注意が必要です。

同一労働同一賃金ガイドラインは、不合理な待遇差を解消する際、労使の合意なく正社員の待遇を引き下げることは望ましい対応とはいえないという考え方を示しています。

さらに、既存の正社員の退職金を引き下げる場合には、同一労働同一賃金とは別に、労働条件の不利益変更の問題が生じます。

労働契約法では、使用者が労働者との合意なく就業規則を変更し、労働者の労働条件を不利益に変更することを原則として認めていません。

就業規則による変更を行う場合には、労働者が受ける不利益の程度、変更の必要性、変更後の内容の相当性、労働組合等との交渉状況その他の事情などから、その変更が合理的なものであることが必要になります。

したがって、

「有期契約社員の待遇を上げた分だけ、正社員の退職金を下げる」

という単純な方法で解決できる問題ではありません。

 


会社が最初に「いくら払えるか」を決めてはいけない

費用の問題が大きいからこそ、検討の順番も重要になります。

最初から「会社はこれだけしか払えない」と金額を決め、そこから制度を作るのではありません。

まず現在の退職金制度の目的を確認し、正社員と有期契約社員の職務内容、責任、配置変更の範囲などを比較します。

そのうえで、現在の待遇差が均等・均衡待遇の考え方に沿っているかを検討し、見直しが必要であれば具体的な制度設計を行います。

そして、その制度を導入した場合の将来負担を試算し、会社として継続できる制度なのかを確認します。

流れを整理すると、

現状把握 → 比較 → 均等・均衡待遇の検討 → 制度設計 → 将来費用の試算 → 資金計画

となります。

この順番が重要です。


中小・零細企業にとっては経営問題でもある

特に中小・零細企業では、今回の見直しは簡単な問題ではありません。

人事制度を専門に担当する部署がなく、経営者や総務担当者が、正社員と有期契約社員の働き方の整理から、退職金制度の設計、将来費用の試算、資金計画、就業規則の変更まで行わなければならない会社もあります。

さらに、対象者が数人増えただけでも、会社規模によっては将来負担への影響が大きくなることがあります。

だからといって、「会社が小さい」「資金的に厳しい」という理由だけで、均等・均衡待遇の検討を行わなくてよいわけではありません。

ここに、今回の退職金制度見直しの難しさがあります。

 


第3回のまとめ

今回のガイドライン改正への対応は、「有期契約社員にも退職金を支給するかどうか」という一つの問題だけではありません。

まず、退職金制度の性質・目的を確認し、正社員と有期契約社員を比較して、現在の待遇差が均等・均衡待遇の考え方に沿っているかを検討する必要があります。

そして、見直しが必要となった場合には、その制度によって将来どの程度の費用が発生するのかを試算し、資金をどのように準備するのかまで考える必要があります。

一方、費用を抑えるために既存の正社員の退職金を安易に引き下げれば、今度は労働条件の不利益変更という別の問題が生じます。

つまり、会社が考えなければならないのは、単なる退職金額の調整ではありません。

「不合理な待遇差を解消する」という法的な要請と、「会社が将来にわたって維持できる制度を作る」という経営上の要請を、どのように両立させるのか。

これが、今回の退職金制度の見直しにおいて最も重要なポイントです。

特に中小・零細企業にとっては、退職金制度の変更が将来の人件費や資金繰りにも直結します。そのため、10月になってから制度を慌てて変更するのではなく、まず現状を把握し、待遇差を検討し、必要な場合には将来費用まで試算するという順序で、慎重に準備を進めることが重要になります。