作成日:2026/07/19
第5回:AIに毎月の勤怠集計を任せてみて分かった課題
こんにちは。ピクシスサポート社労士事務所・社会保険労務士の奥田晶子です。
ここまでの4回では、何にAIを使い、何には使わないか、AIに渡してよい情報はどこまでで、渡すときには何をどう加工するか、といった原則を整理してきました。
今回は、イー・ワーク社会保険労務士法人で実際に試行錯誤した事例を紹介します。
この回で伝えたいこと
生成AIは、次に来る言葉を確率で選びながら答えを組み立てています。自然な文章にするために、言葉の選択はあえてゆらぎが出るように設計されています。同じ問いでも毎回答えが変わるのはこの性質があるからです。ただ、この性質は、1円の狂いも許されない勤怠集計等の計算業務とは相性がよくありません。
今回は、集計そのものをAIに任せるとどんな挙動をするのか、思ったような成果が出なかった場合に、集計の仕組み(Excelの式)そのものを、AIに作成してもらうように発想を切り替えて得られた成果について、詳しくお伝えします。
毎月の勤怠再集計を、AIに任せたかった
イー・ワーク社会保険労務士法人には、顧問先から届く勤怠データを、毎月別の形に集計し直す作業があります。フレックスタイム制、通常勤務、短時間勤務という3種類の働き方の従業員のデータが混在しており、働き方ごとに集計の扱いが異なります。また、当法人で給与計算時に利用する、集計表の形とも一致していないため、Excelデータの並べ替えや、項目ごとの再集計を行う作業が発生していました。毎月生じる、地味で手間のかかる作業です。
澤田先生が最初に思い描いていたのは、この作業をそのままAIに肩代わりさせることでした。毎月届いたデータを貼り付けてプロンプト(AIへの指示文)を送れば、ほしい形の集計表が返ってくる。そんな仕組みを作れないか、というご相談です。
これは、第2回で「△=別の手段が向いている」と仕分けた業務となります。いったんは「向いていない」と判定した業務が、果たして本当にそうだったのか、確認してみました。
AIに渡すデータは、伴走の最初に決めた方針に沿って準備しました。一切の会社及び個人情報を削除し、誰の勤怠なのか判別できないようにデータを加工してから、AIに読み込ませました。第3回・第4回で整理した「入れるなら加工する」という原則を、ここで実際に当てはめました。
プロンプトは作り込んだ。それでも、同じデータで答えが変わった
澤田先生はこのプロンプトをかなり作り込みました。集計ルールを具体的に記載したうえで、集計後のExcelファイルを出力してもらい、ズレを指摘し修正させて、最終的には正しく集計されたものが出来上がりました。これで毎月回せそうだという手応えもありました。
ところが、同じプロンプトで再度試したところ、前とは違う集計結果が返ってきました。具体的には、総労働時間の集計は毎回正しくできるのに、時間外労働の集計が合わないのです。プロンプトを変えたわけでも、渡したデータを変えたわけでもないのに、正しく集計できる時とできない時がある。AIは「どの時間を時間外とするか」というルールをうまく認識できなかったのです。
ここでぶつかったのが、生成AIの性質でした。生成AIは、同じ問いを投げても毎回まったく同じ答えを返すとは限りません。これは事実を取り違える間違いとは別の現象で、もっともらしい答えを、そのつど少しずつ違う形で組み立ててしまうのです。文章のたたき台を作るときには気にならないこの揺れが、1円の狂いも許されない集計では見過ごせない欠点になります。
第2回で勤怠集計を△と仕分けたとき、正確さと再現性が求められる定型計算は、AIよりExcelで集計の仕組みを組む方が安定する、と書きました。それを実際に体験することになりました。
「計算させる」のをやめて、「式を作らせる」ことにした
答えが毎回変わるのであれば、毎月AIにデータを再集計させる仕組みは、土台から揺らいでしまいます。事前の打ち合わせでは、ChatGPT内に決まったプロンプトを呼び出せる専用の置き場を用意し、そこに毎月のデータを流し込む案も出ていました。しかし、肝心の集計が一定しない以上、その方向では顧問先の数字を安心して扱えません。
そこで澤田先生と話す中で、考え方を切り替えました。AIに毎月の計算そのものをやらせるのではなく、@集計ルールをExcelの計算式に反映した、集計用シートを作成すること。A元データから集計用シートにマッピングできるようにすること。この2つをAIに任せることにしました。このExcelファイルが出来てしまえば、毎月データの匿名化を行う必要もなくなり、集計の揺れもなくなります。
AIが作成したファイルをダウンロードし、ローカルのExcel上で実データを貼り付けて、数字が正しい場所に飛んでいるかを人の目で確かめる。もしズレがあった場合は、AIが勘違いしていた認識を改めてもらい、再修正を依頼する。このやり方では2往復で、目的のExcelファイルのプロトタイプが完成しました。
上記のやり方を伝え、実際に澤田先生と一緒にやってみたところ、先生から「なるほど!」という反応が返ってきました。AIに毎月集計してもらう前提で考えていたが、AIに人が使いやすいツールを作ってもらうことができる、という体験をしてもらったことで、AI利用の引き出しが増えた、と感じたそうです。
思いがけない出口——「顧問先にも渡せるかもしれない」
こうして出来上がったExcelの再集計表を見た澤田先生に感想を聞いたところ、「これなら顧問先にも渡せるかもしれない」という言葉が出ました。当法人の中で使うために作ったものが、顧問先自身が毎月使える道具になりそうだ、という見立てでした。これは、私にとっても、思わぬ嬉しい言葉でした。なぜなら、これは単純に「AIに集計させる」という目的に固執していたら、たどり着けない新たな可能性だったからです。
もし「うちでも試せそうだ」と感じた方がいれば、毎月繰り返している集計をひとつ選び、ダミーデータを使って「この計算をExcelの式にしてほしい」とAIに頼んでみてください。AIに作業を任せる前に、AIに道具を作らせる。その小さな一歩から始められます。
次回予告
次回は最終回です。3か月の伴走を通して、イー・ワーク社会保険労務士法人で変わったこと、期待とは違ったことを振り返りながら、シリーズ全体のまとめとしてお伝えします。













